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令和5年 賃上げについて

 前々回の「人件費に関する方向性」の原稿でも記載しましたが、今月は令和5年賃上げについて触れたいと思います。状況とすれば、「触れざるを得ない」という状況だと言えます。

岸田総理、政労使会議で最低賃金引き上げに意欲示す

 岸田総理大臣が経済界・労働団体の代表者と意見交換する「政労使会議」(令和5年3月15日)に出席し、その会議の場において最低賃金の全国加重平均※を1,000円に引き上げることに意欲を示した、という形で報道されています。現在の全国加重平均は961円ですので、約40円近くの賃上げを実現したい旨を表明した事になります。

※全国加重平均とは全国の最低賃金を都道府県ごとの労働者数で重みづけして平均した額のことを言います。

 この流れと近時の物価高を考えると、会社としても賃上げを考えざるを得ない状況です。

 近時の2020年基準消費者物価指数(総務省令和5年2月24日発表)を見ると、総合指数は2020年を100とすると、今年1月の指数は104.7、前年同月比は4.3%の上昇となっています。つまり、その上昇率を超える賃上げが無ければ、実質的賃金は目減りする事となります。

ベースアップと定昇の違いと介護業界での引上げ要求

 賃上げを考える際に、混在しがちなのは、「ベースアップ(いわゆるベアと呼ばれるもの)と定昇」の違いです。

 賃金は色々な性格がありますが、基本的に「労働力の銘柄別価格」(楠田丘先生 生計費と賃金より)という性格があります。この銘柄別の価格差が非常にあるのが医療・介護業界の特徴です。

 ベースアップとは、そもそもの銘柄別の価格自体を改定(アップ)することであり、定昇とは各人の能力や働きぶり・成果といった個人の向上による個人別賃金の上昇です。この定期昇給については、まずもって賃金体系をきちんと理論立てし、賃金表を設定し、人事評価制度との兼ね合いで的確に昇給させていくことが必要となりますが、直近の賃上げに関する議論は「ベア」の部分です。

 同じ職種の人を雇用しようとしても、少子高齢化が進んでいる状況下で競争が激化している上に、物価高による生活への影響からこれまでと同じ賃金では実質賃金が目減りする、という状況ですから、銘柄自体の価格を改定する場面だと考えられるためです。

 一つの現れとして、介護業界で働く8.6万人が加盟するUAゼンセン日本介護クラフトユニオン(NCCU)は、月給制組合員の引上げ要求額を1人平均15,200円以上とする労働条件交渉方針を決めています。

 その他、㈱セガが今年7月から月額平均給与を30%アップさせる方針を明らかにしていますが、これはベースアップと賞与の一部月給への組み込み、更に退職金前払いの仕組みを導入する等、様々な手法を取った上での方策です。

未来図を考えて賃上げに対応する方向性を考える必要がある

 いずれにしても、私は令和5年の賃上げは、医療・福祉業であっても、賃金体系自体のベースアップを考えざるを得ない(特に事務・介護職は最低賃金のアップが40円単位で想定されることから、これまでの賃金水準では最低賃金割れがあり得る)と考えます。しかし、ベースアップを行う場合には、限られた財源下で、給与・賞与・退職金を含めてどういった配分の仕方を行うかを徹底的に考える時期が来たと思います。

 当然ながら、初任給設定が上がると、中堅社員の賃金水準との差が少なくなり、賃金上昇の余地が少なくなり、貢献度に応じた処遇という点を実現する方法が難しくなります。

 このベースアップを考える際には、採用への訴求力を考慮しなければなりません。賃上げを少しずつ行っても、財源負担が増えるだけで、採用への訴求力には欠け、既存職員の方に向けてもあまりアピールにならなければ、投資としては成果が乏しいものになります。その場合、最低賃金アップに毎年対応し続けるような対応になっていくでしょう。

 そうではなく、今後会社に不可欠な人材をどう定義付けし、会社としてどういう分配方法で処遇していくのか、それを実現するための会社としての在り方、未来図を考えて、今回の賃上げに対応する方向性を考えて実施していく必要がありそうです。

労務管理_石井氏

石井 洋(いしい ひろし)

M&Cパートナーコンサルティング パートナー
(株)佐々木総研 人事コンサルティング部 部長
長崎出身。九州大学卒業。社会保険労務士。フットワークが軽く、かゆいところに手の届くコンサルティングで、主に若い経営者からの人気を誇る。就業規則や人事考課制度の見直しから、スタッフミーティングの開催など、幅広いコンサルティングを行う。セミナー講師の経験も豊富で、その場のニーズに合わせた柔軟なセミナーを得意。趣味はバドミントン・フットサル・旅行。