医療介護の現場には、長年の経験から培った強い信念やこだわりを持つ職員が数多く存在します。その姿勢は現場にとって大きな財産である一方で、効率性や合理性を軽視する結果につながる場面も少なくありません。新たな取り組みや業務改善を進めようとする際、この「信念に近いこだわり」が壁となることは珍しくなく、論理的に説明しても受け入れられず、防衛的な反応を強めてしまうことがあります。 こうした状況では、正面から否定するのではなく、相手の価値観を尊重したうえで「上書き」する形が効果的です。たとえば「一人ひとりに丁寧に関わりたい」という思いを持つ職員に対しては、ICTの導入や記録の効率化を「利用者と向き合う時間を増やすための仕組み」として提示することが有効です。重要なのは「将来への物語」を添えることです。信念を持つ職員にとって、自分のやり方を否定されることは自己否定につながります。「経験や姿勢を次世代に引き継ぐための仕組みづくり」や「効率化で確保した時間をより良いケアに充てる」という未来像を示すことで、信念は次の世代に活かされる価値へと昇華されます。
近年は、組織教育の中でコーチング的なアプローチが注目を集めています。リーダーが一方的に指示や指導をするのではなく、職員の思いや価値観を丁寧に聴き取り、共感しながら視点を広げる関わり方が求められています。業務改善の場面でも「否定ではなく上書き」「未来への物語」といったコミュニケーションをコーチング的に行うことで、反発を和らげ、職員自身が納得して行動変容へ踏み出すことが可能となります。
管理職や経営層に求められるのは、「効率と信念を対立させる」のではなく、信念を効率に活かす道筋を示すことです。コーチング的な寄り添いを取り入れ、共感と納得のもとで現場を変化へ導く姿勢が求められています。
原田 和将
一般社団法人 アジア地域社会研究所 所属
介護現場での管理者としての経験を活かした職員研修、コーチングを中心に活動。コーチングはITベンチャーなど多岐にわたる業態で展開。国立大学での「AIを活用した介護職員の行動分析」の実験管理も行っており、様々な情報を元にした多角的な支援を行う。