医療法人や社会福祉法人の事務長に役立つ情報を集めたサイトである『 事務長ねっと 』。
今回は、事務長や医療経営をされている方のために勉強会・研修・セミナー等を開催して、情報交換や情報提供を1999年より20年以上行い続けている「医療実務研究会」の代表理事である村上佳子氏にインタビューを行いました。
村上 佳子 氏
M&Cパートナーコンサルティング代表取締役
事務長が元気になれば日本の医療は大きく変わる
- これまでの活動等についてお聞かせいただいてもよろしいでしょうか -
村上:
本日はよろしくお願いします。
私は病院の医事課を12年経験した後に、1999年に医療実務研究会を立ち上げ、コンサルテーションなどを行い、常に医療の現場に寄り添ってきました。
医療実務研究会では、事務長や医療経営をされている方のために勉強会・研修・セミナー等を開催して、情報交換や情報提供なども行っています。
- どういった課題意識から、事務長を支える活動をされているのですか? -
村上:
医療業界は大きく変わってきています。
私が病院の医事課にいた頃は、変化の兆しが見えた頃だったと思っています。
昔の医療事務というのは、診療行為を書面にまとめ、適切な期間にその積み重なった書類を持っていって、報酬をえる、という内容でした。医師と奥様でやっていたケースが多かったかなと思います。
もっと昔には、医療行為の対価は「お気持ちだけで」という時代もありました。そのため、信じられないかもしれませんが、お金で支払えない場合はお野菜で、なんていうこともありました。
当時の事務は、医師の指示に従い書面を作成するだけ、ということが多く、内容にまで関与していませんでした。
そのため、たまにある医師会などで医師が他の医療機関の情報を仕入れ、こんなことをやると良さそうだから、これからはこのやり方でやろう、と事務への指示内容が変わる程度でした。
その後、他の医療機関との収入の差が出ていることに気づいた事務長などが地域の他の事務長たちと事務長会などを開催するようになってきたと記憶しています。
しかし、その頃の事務長会は、困りごとをただ漠然と話し合う場で、解決に向かうような場ではありませんでした。私はその時代の現場にいましたので、病院の問題を適切に解決できる場所や方法はないのかな、と思っていました。
1973年の老人医療費の無償化により病院は高齢者で溢れかえりました。いわゆる病院のサロン化というもので、この時代は人口も多かったので、病床を作れば埋まり、収益も上がる、という時代でした。
しかし、1986年の第一次医療法改正により、医療計画制度が導入され、病院病床数の総量規制が始まりました。これにより、ベッドを作っていけば収入が増える、という状況が一変しました。皆様もご存知かもしれませんが、駆け込み増床なんていう言葉もあり、総量規制前に病床数をとにかく増やした病院などもあったかと思います。
医療法改正、診療報酬改定と共に医療の総量だけではなく、医療に対して質が求められるようになってきました。入院をしてもらえれば良い、という時代が終わり、医療行為の質の評価により医業収入が変わる時代になりました。そのため、従来のやり方では収益を上げることが難しくなってきています。
例えば、入院患者の平均在院日数も評価されますが、平均在院日数を短縮していくとベッドに空きが出てしまう病院もあります。こういった状態を危惧し、未だに、包括での診療報酬をとらずに出来高での診療報酬で申請を行っている病院もあります。しかし、出来高の診療報酬を続けるには限界があります。人件費を抑制しながらなんとかやっているところもありますが、今後、そういった病院が経営的な危機に陥るのは明らかだと思います。
日本、そして地域にとって、医療は絶対必要です。そのため、病院が経営をし続けられる必要があり、その方法を一緒に考えていきたいと思っています。
- 大きな変化のある時代に、事務長に必要な資質はどのようなものでしょうか -
村上:
私が持つ答えの一つは『元気である』ということだと思います。事務長にはやれねばならないことが山積みなので、身体も心も元気である必要があります。
事務長は金融機関の出身者や出向者なども多く、組織だった働き方や目標管理といった文化、数値の分析などに長けた方も多くいらっしゃいます。そういった方々の多くが病院に来てまず思うことは、「組織ができていない」ということだそうです。
ここでいう組織というのは、医療チームや栄養チームといった医療を提供するためのチームのことではなく、病院全体としての組織です。
医療機関の職員の方に話を聞くと、多くの職員の方が「この病院はどこに向かっているのかがわからない」という言葉を発します。理事長などのトップが、自身の組織の目標設定や職員への共有ができていないということです。
しかし、これは仕方のないことです。医師は医療については学んでくるものの、経営やリーダーシップについて学ぶ機会が少ないため、独自のやり方や先代を踏襲するということが多いためです。
そのため、銀行などの組織で活躍してきた人は、組織論を身につけていることもあり、理事長と伴走することで病院を組織化することができる可能性があります。
元来、医療業界では、お互いの職種の業務を尊重するあまり、他職種の領域に踏み込まないようにする傾向があり。横のつながりが不足しがちです。そのため、相手のことがわからず、例えば、経営の観点で購買を考える事務の行動は、「事務はうるさいことばかり言って、ものを買ってくれない」というような軋轢になりがちです。
しっかりと組織化して、同じ方向を向くことは病院の変革にとっての重要なポイントです。
同じ方向を向いた後は、制度設計が必要です。先ほどお伝えした通り、出来高での診療報酬はもう限界を迎えています。そのため、DPC対象や、回復期、地域包括ケアなどの包括での診療報酬へシフトする必要があります。しかし、現状では、診療報酬の仕組みを理解していないため、シフトできない、ということもあります。
この問題の根本には、そもそも組織化ができておらず、評価の体制もないため、事務方の成長を促す方法がない、ということが挙げられます。
診療報酬の勉強会やセミナーは様々なものがあります。学習に対し、評価やインセンティブをつけるなど、制度設計についても整備する必要があります。
また、包括の診療報酬を受け取れるようにするだけでは足りません。どこから、どう収入を得られるかなど、病院の強みや周辺環境を考え、しっかりと戦略を立てる必要があります。
分析能力については、金融機関などの経験も含め、事務に精通した人だからこそできることもたくさんあると思います。
しかし、病院を知り、患者を知り、地域を知り、日本の医療を知り、時には世界の医療を知るためには外に出て時代の流れを感じる必要があります。
外に出るには、エネルギーが必要です。そのため、心も身体も「元気な事務長」でいることがまずは大事です。
- 元気な事務長であるためにはどうすればいいでしょうか -
村上:
医療業界に精通しているということではないことで、「現場のことがわからない」「医療知識が足りない気がする」と、尻込みしてしまう事務長さんも多いです。
しかし、一歩踏み込んでみていただきたいなと思っています。
医療業界は真面目な方が多いため、必要性が分かればみんな動いてくれます。しかし、トップが必要性を認識していない、あるいは、わかっていても伝えない、というケースは非常に多いです。
まずは理事長と対話をし、病院の向かう方向を定め、理事長と伴走しながら、方針を幹部にしっかりと伝え、理解を得ていく必要があります。その後、事務方の育成など、人に関わる仕事が多く、人間関係に悩むことも多いと思います。
精神論になってしまうかもしれませんが、理事長含め、医師というものは、一生をかけて医業を行う覚悟のある方が多く、それぞれ患者さんのためにやりたいことがあります。そのやりたいことを叶えられるのは、経営面を支えられる事務長しかいません。それを思いながら伴走してください。
最近では、病院の範囲だけにとどまらず、過疎地域の人口減少を病院が主体となって食い止めていくような取り組みまで始まっています。医療を受ける人そのものが減れば、病院経営は成り立ちません。そのためには、まちづくりにまで関与していくという気概を持った事務長まで現れ始めました。
病院を飛び出し、医療、そして、地域を支えられる事務長が増えることを心より願っています。
村上 佳子 氏
M&Cパートナーコンサルティング代表取締役
メディカル21代表
一般社団法人 医療実務研究会 代表理事
医療法人 南凕会 顧問 社会福祉法人 景福会 評議員
㈱総合メディカル専任講師
公益社団法人 福岡県介護老人保健施設協会理事
病院医事課に12年勤務の後、㈱医療事務サービス入社。教育システム課にて講師及び派遣社員の教育。
現在はメディカル21代表として、総合病院から単科病院・診療所まで幅広くレセプト診断・減点・請求漏れ対策指導に従事する傍ら、一般社団法人医療実務研究会代表理事として各種セミナーを企画し、九州一円の80数会員の勉強会を開催し、医療事務職員のレベルアップ指導を行う。また、医療機関の顧問として医事課をはじめ経営に直結する指導を行っている。
2006年度より公益社団法人福岡県介護老人保健施設協会理事に就任。
2014年6月より公益社団法人全国老人保健施設協会社会保障制度委員会介護報酬部会会員として活動。