「DXは、人を減らすためではなく、職員の負担を減らし、利用者と向き合う時間を増やすためのもの」という福井県で介護付き有料老人ホームを運営するあんしん村グループ代表の言葉は、介護現場におけるデジタル化の本質を端的に言い表しています。
同施設では以前、予定管理・カルテ管理・連絡帳など複数のツールを職員が手作業でつなぎ合わせる運用が続いていました。日常業務は成立していたものの、コロナ禍で対面対応が制限されたことを契機に、約20種類のツールを比較検討した上でクラウド型ノーコード業務アプリ「kintone」を導入。分散していた情報が一元化され、転記や重複作業が大幅に削減された結果、人件費換算で年間約316万円相当のコスト削減につながりました。
会議の議事録作成には音声認識AI「Gemini」を活用し、1時間の会議内容も自動でまとめられるようになりました。出勤簿の作成は月4日分の作業が1日に短縮され、厨房での月12時間かかっていた作業も大幅に削減されています。その結果、残業はほぼゼロとなり、新卒採用も実現、売上も22%増加するなど、経営面にも好影響が現れています。
注目すべきは導入プロセスの丁寧さです。職員の8割が女性で平均年齢は50代という現場に対し、操作マニュアルを紙で配るのではなく画面共有で一緒に操作を体験する形式を採用。「触ってみよう」「壊しても大丈夫」という雰囲気をつくることで、ITスキルが高くない職員も含めた全員がシステムを使いこなせるようになりました。
代表が強調するのは「最初から100点を目指さなくていい」という姿勢です。70点の完成度で動かし始め、現場の声を聞きながら少しずつ改善していく。そしてツール導入の前に「まず仕事の段取りを見直すことが大事」という言葉は、DX推進に取り組む多くの介護事業所にとって示唆に富んでいます。デジタル化は目的ではなく手段であり、現場に心の余裕を生み出すための仕組みとして機能して初めて意味を持つのです。
原田 和将
一般社団法人 アジア地域社会研究所 所属
介護現場での管理者としての経験を活かした職員研修、コーチングを中心に活動。コーチングはITベンチャーなど多岐にわたる業態で展開。国立大学での「AIを活用した介護職員の行動分析」の実験管理も行っており、様々な情報を元にした多角的な支援を行う。
