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病院再生のプロフェッショナルの視点で見た事務長の役割とは

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今回は、株式会社地域経済活性化支援機構(旧:企業再生支援機構)で、支援先の病院の常務理事・経営戦略部長などとして、病院再生を支援してきた西村秀星氏に、病院再生のプロフェッショナルの視点で見た事務長の役割について話を聞きました。

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株式会社FCCテクノ 代表取締役

- はじめに、西村さんが考えられている病院経営について教えてください -

西村:
私は、病院は究極の地場産業だと考えています。
病院は半径2km以上離れているエリアから患者が来ることは稀であると感じています。そして、価格についても自由に決められるものではなく、公定価格です。急に病人が増えることもないので、地域内での需要となる傾向が強いです。
少し乱暴な例えですが、同じ地域で、病院が4つあるとします。そのうち1つの病院の経営が傾いていて、その病院を立て直すと、残りの3病院が経営的に苦しい状況になると思います。
このように地域の病院はゼロサムの中で争っている、という状況だと私は考えています。

なので、病院の非効率を是正するためには、本来的には国が大鉈を振るって病院の統廃合を行うほかありませんが、私的財産も一部認めてきた歴史上、それは難しいので、医療法の改正と診療報酬の改定で、間接的に淘汰を促されていると感じています。

 

- 病院が置かれている環境から病院経営はどのような点から考えることが必要でしょうか? -

西村:
診療報酬は、制度設計上、「病院が地域の中でどのような役割を担うか」を設定する必要があると考えます。
病院内をどんなに整えたとしてもうまくいかないようになっているため、まずは地域の医療を俯瞰して、その中でどのような位置づけの病院になるべきかを見定めることが病院経営の最初の一歩となります。
具体的には、医療圏のデータを数年分集め、人口動態等と突き合わせると、病院や医師が考えるべき問いの仮説をいくつか立てることができます。

次に数値に基づく仮説を設定した上で、病院の経営層や医師と視座を合わせる活動が必要だと感じています。理事長をはじめとした病院の経営層や医師で、病院が担うべき役割について考えていない人はまずいないのですが、感覚的に考えられていることが多く、データなどの裏付けを用意しておくと認識を合わせることがスムーズにできます。
また、少し乱暴な例えになりますが、医師が100名体制でいる県立病院が近くにあって、自院は医師30名の病院だった時、急性期の病院として競合するか、競合する場合は3倍超の効率で働く必要が出てきますが、現実的なのかといったことを考える必要があります。
私が考える病院経営のキーワードは「身の丈に合った経営をする」ということだと感じています。

- 地域の状況や情報と診療報酬改定等の流れを合わせるとある程度、道筋はつくということですね -

西村:
そうです。医療行為等に関する情報はほとんどがデータ化されているため、医療の現場というのは分析好きにはたまらない環境です。法律を読めて、法律が制度にどう反映されているかが理解できて、レセプトや電子カルテの仕組みを把握できていれば、詳細なKPIを設定することも可能で、机上の計画はまとめやすい業界と言えると思います。

- ある程度正解に近いものが見えているのに経営が難しいのはなぜでしょうか -

西村:
経営者が変化に踏み切れないことが原因だと感じていて、理由は2つあると思います。
1つは行動を変える方法がわからないということ、もう1つは過去の成功体験に縛られているということ。
診療報酬の制度が現在のように複雑化する以前は、病床の届け出を出せば病床が増やせ、病床を増やせば売上が上がり、売上が上がれば利益がついてくる、という状況で、物量を投下していけば儲かる時代が一定程度続いたと感じています。
その成功体験が強く残っている場合も多く、その頃に比べて財政的にも厳しい時代を迎え、医療法の改正や診療報酬の改定が実施され、急速にマーケットが変化しています。
こうした変化に対し、状況を理解しているものの、対応が追い付いていない、ことが要因の1つだと感じています

- そのような病院が生き残るにはどうしていけばよいでしょうか -

西村:
誤解のないようにお伝えしておくと、私は経営者が悪いとは考えていません。特にオーナーがいる組織は、いない組織よりも一定程度ガバナンスが効くため、有効なケースも多くあります。一方で、変化に視点が向かない場合は機能不全になることもあります。
私は医療機関の再生などに入る際、「徳川幕府を目指しましょう」という伝え方を好んでいます。「老中」がしっかりしているということが必要だと考えています。統治機構にいる理事長が重要なポジションを得るのではなく、マネジメントシステムをきちんと整備することで、理事長が診療も経営も人事も労務も見るといったことをする必要がなくなります。病院の象徴として存在していられるような体制を整えましょうとお伝えするようにしています。

- 病院の改革は、現実を分析した上で、どこから進めると良いでしょうか -

西村:
日本は人口減少よりも高齢化が先行するため、医療の需要は増えると考えています。しかし、今の体制でその医療を支えることは難しいと感じています。特に働き手の減少という要因により、現在の体制での医療は成り立たなくなると想定しています。
そのため、働き手をしっかりと集められる病院が強い病院になるだろうと考えています。特に医師、看護師や看護助手の採用は大変です。介護施設と競合する職種は採用の難易度が高くなります。

- 病院の改革は、採用から着手するべきということでしょうか -

西村:
いえ、採用活動から進めようということではないです。
私は、病院の運営を安定させるためには、全体を俯瞰できる事務方の採用や育成の優先度を上げるべきだと考えています。条件の良い求人を出せたとしても、事務方が機能していなければ、魅力を発信することもできないですし、応募者も期待できませんし、万が一良い応募者の方が来てもクロージングができません。
事務方を含めた基礎的な環境整備をしっかり1年くらいやってから、ようやく病院の魅力の打ち出し方や資料作りなどの話をすることができるステージに進むことができます。
きれいな水にしかホタルは寄って来ないのと同じで、まずは環境を整える必要があると考えていて、それができる人を確保することが先決だと感じています。

- なぜ、環境整備から始めるべきと考えられているのでしょうか -

西村:
病院は地場産業なので、戦略を多少いじったところで成果に大きな違いが出にくく、効率的な業務ができるようにオペレーションを磨いていくことが肝となると考えています。
オペレーションの源泉は「人」です。そのため、人がしっかりと働けるような、活躍できるような環境を整備することを愚直にやり続けることが病院の良い経営につながると感じています。
また、病院のコストの6割は人件費、材料費は急性期で2〜3割、それ以外は設備となります。人件費が病院のコストの大きな比率を占めることからも、人がどう考えて、どう動くかということは、生産性に大きな影響が出ると想定されます。そのため、人の働く環境を整える、ということは極めて合理的な行動だと考えています。

- 職場環境を整えられる事務長にはどんな特徴がありますか -

西村:
病院の事務長に求められる内容は多岐に渡ります。そのため、全てをパーフェクトにこなすことのできる人材はなかなかいないというのが現実だと感じています。
病院の再生で医療機関に参画するたびに、事務長はどんな人が適切なのかをずっと考えてきました。財務に強い人、労務に強い人、医事に強い人、それらは強くないけれど地頭がいい人、経験の長い/短い人など、いろいろなパターンで仮説をたて、分析してみましたが、とにかく正解は見つけづらいです。
現状では、医療には強くなくてもいいけれど、考える力がある人、というケースが一番成果を出しやすいと感じています。知識だけで対応しようとしても、医療についての知識は医療職の方には勝てるものではないです。診療報酬の本を読めば一定程度のキャッチアップは可能ですし、それでもわからなかったら医事課に聞けば良いのです。病院内は、医事課は医事課、経理は経理といった個別最適が進んでいます。なので、病院全体を俯瞰して考えられる人が入ると病院は安定し、環境整備が進みやすくなります。

- 事務長にはどんな資質が必要となりますか -

西村:
事務長に一番必要な資質は「自己規律」だと考えます。一般企業におけるCOOと同様のポジションですので、権限も裁量もものすごく大きいです。日々、組織に対して貢献できているのかを問い続けられることが求められており、自分の舵取り一つで数百人の従事者の生活が変わるという恐れと戒めを持つということが大切だと感じています。
自己規律を保てること、それに加えて、データを活用して、財務や経営などの分析ができるということは必要です。
そして、ロジカルさとヒューマンマネジメントのスキルですかね。

- ロジカルさとヒューマンマネジメントとは具体的にどのようなものですか -

西村:
ロジカルさについてですが、病院の事務職の方は「あの先生は言うことを聞いてくれない」と話す方も多いです。この場合、2パターンあります。
1つ目は、本当に言うことを聞いてくれないというパターンです。これは一定程度いらっしゃるので仕方ないです。
2つ目は言葉が通じていないというパターンです。これは、事務職の方の言葉が論理的に整理されていないことが原因であることが多いです。医師は科学者なので、問題をきちんと構造化しておかないと話が通じません。ロジカルに説明するスキルは事務方に必要なスキルです。例えば、必要な診療報酬の話をするだけではなく、背景も含めて、そのストーリーをきちんと組み立てる必要があります。

ロジカルさについては、そもそもそういう訓練を受けていることが少ないだけなので、財務、労務といったベースの知識と併せて、ロジカルシンキングの能力や会議体の運営の仕方、アジェンダの組み方などを訓練することで、一定程度のレベルを確保することが可能だと考えます。

しかし、事務方のロジカルさがレベルアップするだけでは組織運営はうまくいかないものです。
基本的に論理だけで動く人はいません。自身がどこまでその地域や病院にコミットしているのかということを先生方は感じていることが多いです。その気持ちを感じて、初めて胸襟を開いてくれます。まずはロジックを整えて話せる内容を整える、そして信頼を築くために足繁く通う、嘘偽りなく話す、といった当たり前のことを当たり前に行う必要があります。
これは医師を相手にしている場合に限ったことではなく、看護職やコメディカルの方たちについても同様です。

- これは西村さんの実体験に基づいたお話ですか? -

西村:
そうです。僕は最初、いけ好かなかったんですよね(笑)
数字がわかっていて、計画も作れるので、なんで僕の言う通りやらないんだろう、と思っていたんです。この計画通りやれば病院はうまくいくのに、なぜ進められないのか、と思っていました。それが行動ににじみ出ていたのだと思います。
僕自身が現場の改善が進まないという経験をし、まずは病院の経営を理解しようと思い直しました。病院の経営とは何かを考えたとき、病院のことをちゃんとわからないとだめだと思いました。そのため、わからないことは全部聞きに行きました。
「そんなことも知らないの?」などと言われることも多かったです。各職場にお邪魔して、ナースステーションに行って、当直もしてみて、日常的なオペレーションもやってみて・・・。
そうしたことを続けていたら、対話ができるようになり、何が負荷になっているのかなどが見えてきました。そのうち、増収のポイントなども教えてくれる人もでてきました。
強みであった数字の部分と、信頼関係を築くヒューマンマネジメントのようなことが合わさるとできることが増えて、現場改善が進むようになりました。
論理だけで進めることはできない、人間として向き合うことが大事だと思い知らされました。

- 事務や職場環境を整えると医師採用は有利になりますか? -

西村:
医師は都市部に偏在しがちですが、全員が全員、都市部で働きたいということではないと考えています。
地方の病院が医師を採用する時に大事なことは医師に裁量を与えることです。病院経営をある程度任せると伝えることで、医師が来るケースもあります。裁量を与えなければ、高い報酬を設定しても医師は来ないですし、来たとしても定着しないことが多いです。
魅力的な職場を用意し、招聘した医師が仕事をしやすいようにしつつ、また、地域医療を行う医師はどうしても単身赴任が多いでしょうから、帰省費を出すなどの制度を整備することも重要です。
「裁量を与える」という場合、意思決定をする際に丸投げして全部やってもらう、と勘違いしているケースを見かけることもよくあります。「裁量を与える」とは、意思決定をするときに、ボールをちゃんと投げることで、経営課題を明確化した上で、ロジカルに方向性を定められる状態にした後に先生に伝える、ということだと感じています。
事務方がロジカルさやヒューマンマネジメントをレベルアップしつつ、制度を整備することで、医師にとって働きがいのある、魅力的な環境を作ることができます。

- ここまでのことを事務長がやれるものでしょうか? -

西村:
なかなか難しいことですが、日々の努力で可能だと思います。
例えば、医師と一緒に診療圏の分析を行うなど、共通認識を作るといった行動も良いでしょうし、各部門との距離を縮めるということもできると思います。
しかし、ある日、急に今までとは違うことを言い出すと、ハレーションを起こすので、外部の人に入ってもらって、代弁してもらうということも選択肢だと考えます。

ただし、外部の人の使い方にはコツがあります。外部人材のよくない使い方として2パターンあります。
「コンサルの言うことなんだから、信じない」と聞く耳を持たないパターン、そして、「コンサルが言ったことだから正しい」と全てを鵜呑みにするパターンです。これらはどちらも、思考停止してしまっている状態です。
外部に手伝ってもらっても良いので、自分たちが主体となって課題を洗い出し、その後にどこは自分たちで対応して、どこは外部に委託するというのをきちんと自分たちの考えのもとに自分事としてやるということが大切です。知見がありそう、名前が通っている、実績がある、というだけで外部に頼んでしまうと、良い方向性や施策が見えても実行されないということが起きます。
「高名な経営の先生」として迎え入れた瞬間、失敗が見えてしまいます。一緒にステップバイステップでやれるということが大事です。
そして、一緒にやりつつやり方を学んで、進め方や考え方を内製化し、自立していけるとよいと思います。

画像_西村秀星さん_003

株式会社FCCテクノ 代表取締役

KPMG税理士法人にて、M&A・不動産投資に対する財務モデリングを中心としたアドバイザリー業務に携わる。2013年に地域経済活性化支援機構に転じ、ヘルスケアチームにて自主再生を中心とした再生計画策定に関与した後、支援先の病院の常務理事・経営戦略部長などとして複数のハンズオン再生に従事。
現在は、株式会社FCCテクノにて、大手エネルギー企業に対するDXコンサルティング・中堅・中小企業に対する企業変革支援、医療機関の事業再生・事業承継等に従事。