クリニック経営における「ベースアップ評価料」の取得は、単なる収益加算以上の意味を持ち始めています。
本対談では、本コーナーでは、診療報酬制度に精通したM&Cパートナーコンサルティング代表・村上佳子氏及び能見将志氏と、医療機関・介護施設のクライアントを多数抱える税理士法人佐々木総研代表・佐々木大氏が評価料取得の実情や課題、将来への影響について率直に語りあいました。申請を迷っている医療機関関係者はぜひお読みください。
対談:佐々木大 × 村上佳子(+能見将志)
佐々木大(以下、佐々木): クリニックのベースアップ評価料って、取った方がいいと思いますか?
村上佳子(以下、村上): 私は絶対に取った方がいいと思います。取らない理由が見当たらないですね。
佐々木: 実際にはまだ取得していないクリニックも結構ありますよね。熊本で6割、福岡で5割といったところでしょうか。
村上: 私が知っている病院はすべて取得していますよ。クリニックの方が取得していない割合が高い印象です。
佐々木: なぜ取得しないのでしょう?単に手続きが面倒だからという理由だけですか?
村上: それが主な理由の一つですね。初回の申請だけでなく、毎年の報告が必要で、それを億劫に感じる先生もいらっしゃいます。もう一つは、「将来的にベースアップ評価料が外されるのではないか」という不安ですね。
佐々木: はしごを外されるのでは、ということですね。一時的にもらえるけど、それが2年後に消えたら、スタッフの給与を維持するのが困難になるという。
村上: そうです。評価料がなくなってもスタッフの給与を下げるわけにはいかないですから、そのリスクを避けて最初から申請しないという判断になるようです。
佐々木: 小規模なクリニックだと得られる金額も少ない。月に2〜3万円程度。面倒な手続きで時間を取られるくらいなら自分が患者を数人多く診た方が効率的だという考えもあります。
村上: ありえますね。スタッフ数が少ないとベースアップ評価料の金額も小さくなる。一方で、申請にはそれなりの時間がかかると思い込んでおられる。経営者として「それだけの手間をかける意味があるのか?」という思考になってしまうのかもしれませんが、手続きはほんとうに簡略になっています。
佐々木: 医療事務に任せにくいという事情もあるのかも。給与情報を知られたくないという心理的ハードルはないでしょうか。
村上: それはあるでしょうね。スタッフ全員のお給料が見えてしまうことを嫌う先生は多いです。そのために結局、自分で申請書類を作らざるを得なくなってしまう。
佐々木: 本来なら事務に任せていい作業のはずなのに、それができない。結果として、どこにも任せられず放置、となるわけですね。
村上: それでも私はやっぱり言いたいです。ベースアップ評価料のような加算を大切に丁寧に算定していくべきだと。基本診療報酬そのものは上がりにくい時代ですから。
佐々木: 確かに。だから今のうちに取得に慣れておくことが大事だということですね。
能見将志: 横からすみません。少しいいでしょうか。私が危惧しますのは、届け出が少ないことで「この点数は不要なのでは」と判断されてしまうリスクです。制度が形骸化してしまう。
佐々木: なるほど、それは怖いですね。今取っておかないと、制度自体が消える可能性があると。
能見: はい。そしてもう一点大事なのが「人材確保」です。看護師さんをはじめとしたスタッフの皆さんは情報に敏感です。「あのクリニックはベースアップ評価料を取っている、こっちは取っていない」という情報が出回ると、離職や転職につながりかねません。
佐々木: 給与差が出れば、当然そうなりますよね。
村上: 給与が10%違ったら、どんなに「働きやすい職場です」と言っても通用しません。現場のリアルはそれだけ厳しいです。
佐々木: 簡単になったといわれるけど、実際どのくらい簡素化されたのでしょう?
村上: 例えば以前は「職種ごとにいくら払うか」まで細かく報告しないといけなかったけど、今はそれがなくなっています。そして報告内容も「全額支給」であれば形式的に簡単に済みます。場合によっては翌年度に繰越も可能。
佐々木: それなら、もう取らない理由ってあまりないですね。
村上: それでも「申請にかける時間がない」「給与情報を見せたくない」という根深い課題は残りますけど、それを乗り越えるだけのメリットがあると思います。
佐々木: コンサル会社などが代行できればいいのでしょうが、責任の所在が難しくて引き受けられないケースも多いみたいですね。
村上: ええ。数字を「代わりに入力して出す」というのは、たとえ入力箇所が少なくても、専門的な書類としての責任が重いですから。
佐々木: 税務申告書と同じですね。簡単なように見えて、責任を持って出すのは大変。
村上: だからこそ、クリニック内でできる体制づくりが大事。信頼できる事務担当者がいれば任せられるし、いなければやはり院長自らやるしかない。
佐々木: 今後に向けて、何かアクションを取るべき時期に来ているのは間違いないですね。
村上: 今やらなければ、数年後に大きな差が生まれるでしょう。これは確実に言えます。
佐々木: ベースアップ評価料は、単なる加算ではなく、将来の経営基盤そのものを左右するものになるかもしれませんね。
村上: はい。今後の診療報酬改定を見越して、まずは「取ってみる」ことから始めるのが重要です