最新の観光白書によれば、70代以上の国内宿泊旅行経験率は、コロナ禍前と比べて大きく低下しています。一方、近年行われた高齢者を対象とした生活意識調査では、「今の楽しみ」として最も多く挙げられたのが「旅行」でした。
行動としての旅行は減っている一方で、旅行への関心や意欲そのものは失われていないと読み取れます。高齢者は旅行をやめたのではなく、「したいが、できない理由が増えた」状態にあると言えるでしょう。長距離移動や宿泊を伴う遠出の負担、健康状態への不安、旅行費用の上昇、スマートフォンや各種手続きへの対応といった要素が重なり、宿泊旅行のハードルは年々高くなります。
医療・介護の視点で見ると、これは単なる観光動向の話ではありません。外出や移動が難しくなった高齢者にとって、「旅行に行くこと」そのものが失われたのではなく、非日常を体験する機会が生活の中から抜け落ちつつあると捉えることもできます。高齢者住宅や通所サービス、短期入所の場において、外出支援や地域資源を活用した小規模な遠出、あるいは旅行に近い体験をどう組み込むかは、QOLを左右する重要な要素です。
旅行を「行けなくなった嗜好」として片づけるのではなく、なぜ旅行が難しくなっているのかを丁寧に読み解くことは、高齢期の生活の質を考える上でも重要な視点であり、シニアの旅行動向は、医療・介護と生活環境の在り方を映し出す一つの鏡と言えるかもしれません。
原田 和将
一般社団法人 アジア地域社会研究所 所属
介護現場での管理者としての経験を活かした職員研修、コーチングを中心に活動。コーチングはITベンチャーなど多岐にわたる業態で展開。国立大学での「AIを活用した介護職員の行動分析」の実験管理も行っており、様々な情報を元にした多角的な支援を行う。
